2012年07月12日

人物写真素材サイトを、なぜか感覚的に使わない理由を自己分析してみた

eadf0d49-s.jpg

 どもアラフォーです、梅雨の中洗濯物が気になる毎日ですね。
 なぜか筆者は、無料人物写真素材サイトから、素晴らしく可愛い、または綺麗なモデルさんを使わずに、MMDモデルさんをよく使っています。

 単純にアニメが好きな、痛いおっさんでもいいのですが、自分なりに分析してみました。「なぜ、自分は写真素材のモデルさんを中々使えないのか?」と。

 写真素材サイトの良いところは、
1・モデルさんが色々なシチュエーションでポーズを作ってくれいている。
2・綺麗だったり、可愛かったり、素敵な方が多いので、サイトの紹介(商品とか)に使いやすい。
3・自分で写真を撮りに行かなくても済むというメリットがとても大きい。
4・写真も、プロの人が撮っているため、非常に綺麗なフォトになっている。

 などなど、普通に考えてもメリットが多いはずなのに、なぜかアラフォー親父は、自分のブログやサイトには使おうとしていません。

 今まであまり意識はしていなかったのですが、せっせとMMDモデルをGimpで加工している最中、フッと考えてしまったわけです。

「感覚的に(無意識レベルで)人物写真を使おうとしないのは、何かもっと根本的な理由なのかもしれない、正当な理屈でなく感覚なのだからこそ、実は決して忘れてはいけないコアに、つながるのではないか?」
 とまあ、大それた思考を巡らせてしまったのです。(作業しろよ!)

 個人的に、写真は物凄く“ズルい”破壊力を持っているものだと考えています。
それは『瞬間を切り取るという、ドラマチックな事が出来るツール』だからなのです。
 これはいくら絵の上手い人でも、太刀打ち出来ない領域であり、瞬間ほど恐ろしいものはないと考えているわけですけど(だから何?と言われてても続けるさ)

瞬間ですよ!これがどれほど物凄い事なのか、文字で伝えようとしても陳腐になってしまいそうですので、一番簡単なスポーツ写真を想像してみて下さい。
andy--c.jpg

 色々なものが伝わってきますし、受け取る側が更に色々と考えてしまいます。

 スポーツや、動物の一瞬の動作には、たゆまない美しさがあると思います、しかし写真素材サイトで拝見するモデルさん達の姿には、綺麗で美しい人が多いのに惹かれるものを自分の中で感じないわけです。

 何が言いたいのか?という部分ですが、とりあえず一番わかり易いのではないか?と思える話が、女優の宮崎美子さんの話が適当ではないかと感じました。
uploaded_file.php.jpg

 週刊誌か何かのオーデション用に、写真を撮影して送付。
この写真を写真家の篠山紀信さんが見て、「自分で撮りたい」という話となり、デビューすることになったという話がありますが、これには後日談があり、篠山紀信さん自ら話したという内容ですが。
 最初に見た写真、これを超える写真を自分で撮る事が出来なかった篠山紀信さんは、彼女(宮崎さん)に聞いたそうです、一体誰が撮影したのかって?
筆者の記憶の中では、お母さんが撮影したものだとばかり、篠山紀信さんは考えていたそうなのですが、宮崎さんから撮影した人の事を聞いて納得。

 当時は友人という事になっていたみたいですが、これは当時宮崎さんがお付き合いをしていた方だったという話で、これを聞いた篠山紀信さんは、
「それならば、仕方がない」という事を話していたという記憶があります。
                (間違っていたらスイマセン)
imgf1edc6a7zik4zj.jpeg

 (↑ これが、その時の写真なんだそうです)

 写真素材サイトで見る美人さん達は、お仕事での撮影です。グラビアでもそうですよね。素晴らしい表情やポーズをしていても、お仕事の範疇なのです。
sara-yamaguti.jpg

 しかしMMDモデルは、有志の方たちが作成しており、そこに利益は存在しないわけです。
好きだから〜で作成している方が多い、かっこ良い言葉で言えば“そこに愛がある”わけ、またニコニコでもYouTubeでも、作者さん自体の作りこみ時の感情の違いによって、まったく同じモデルであっても魅力が違ってしまいます。(この辺り怖く感じませんか?)
レアさんのgalaxias!.mp4_000019100.png

 これはもしかして、写真を取る側の人が、モデルさんにどれだけ愛情を持てるのか?でも違ってくる範囲なのかも?とツラツラ考えてしまいましたよ。
 ましてやMMDモデルではなく、モデルさんは人間ですから、その時の感情をいくら伏せていても、どこからか吹き出てくるのかもしれない……
 頭が痛いとか、お腹がすいてきたとか、色々と…勝手にこちらが考えているだけですが。
 だから自分自身の中では、どんなに素晴らしい写真でも、その言葉ではない、吹き出してくる部分に恐れを感じてしまい、難しく感じて使えないのではなかろうか?という結論に到達してしまいました。
 誰もそんな事、考える事はないと思うんです、意識しなければ気にならないわけですよ、自分自身の勝手な自分の思い込みなだけ、水瓶座である筆者の弊害かもしれません。

PS :
 愛の前で自分の損得を、考えること自体ナンセンスだ。 by 岡本太郎


posted by アラフォー親父 at 08:42 | Comment(0) | TrackBack(0) | ホームページを作る | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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